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父逝去

9月19日、私の父が他界いたしました。
83歳・・・。後半は寝たきりとなり高齢者施設にて末路を迎えましたが、ほとんど苦しむことなく家族が到着するのを待ったかのように旅立ちました。

P1060101.jpg


介護していた母が3か月ほど前に体調を崩し、入院して以来、父のお世話は施設にお願いしていました。
7月には肺炎になり母とのダブル入院。本当にどうなるかと思いましたが、父はその後回復し、施設に退院。
母もその後退院したものの、なかなか体力が回復せず自宅療養の毎日。
8月の終わりに心療内科に通院を始め、少し食欲が戻り、体力も回復しつつある時期でした。

父が亡くなる1週間前には久しぶりだから・・・と横浜に住む叔母(父にとっては妹)と姪っ子さんが施設を訪ねて下さり、母と妹も一緒に父を見舞いました。

私はというと、亡くなる2日前が父の通院日で、付き添ったのですが、しきりに私の腕をトントンとたたくのです。
「なに?」と聞いても応えず、その時は待ち時間が長いから疲れたのかな?くらいにしか思わなかったのですが、今にして思えばあれは父からの「さよなら」だった気がしてならないのです。

18日夜中、いつもの通り晩酌を済ませ、そろそろ寝ようかな?とおもった時間にケータイが鳴った。
妹からで「じぃじが危ないと施設から電話があった」とのこと、二人とも呑んでいたので、タクシーでかけつけることに。
私は直接施設に。妹は実家の母を連れてそれぞれ向かうことになった。
タクシーは10分ほどで来てくれた。
とてもいい運転手さんで道々話しながら向かった。
施設に行くと父の息はもう絶え絶えで、体は冷たく、意識はなかった。
「じぃじ・・・ちぃが来たよ・・・。」→(父は私のことをちぃと呼んでいた)
そう叫んだ気がする
介護師さんは心臓マッサージをしたほうがいいので看護師を呼ぶように私に告げ私はエレベーターに向かった。
開いたエレベーターから妹と母、看護師さんが出てきた。
救急車が来るので、それまで心臓マッサージを続けてくれた。

もう傍目には息が切れてる・・・。
父は静かに召された・・・。そう思っていたのだが、救急隊員が7名ほど到着
心臓マッサージを交代でするのだが、肋骨が折れるほどの力でやらないと意味がないと怒られる(@_@)
交代ですごい力で父の上に乗っかり心臓マッサージや蘇生処置が行われる。
母を抱きしめ「もういいです、やめてください」と叫んだ。
あまりに父がかわいそうだった。
救急隊員からは「蘇生させることが私たちの仕事だから」と言われた。
15分ほど処置にかかり、救急車で病院へ
(この時かかりつけ病院は医師がおらず、受け入れ拒否)
かかったことのない市民病院の救急外来へ。
そこでも蘇生処置が行われたのだが、結局19日1時25分、医師により死亡が確認されました。

19日は夜が明けるのを実家で待って、変わり果てた姿で帰ってきた父と母を二人残して家に帰り、20日の通夜の準備にかかる。
同居の主人の母と亡くなった主人の父のお墓参りに行く約束をしていたので、朝早く出かける。
今にして思えば、なぜ実の父が亡くなったその日にお墓参りに行ったのかよくわからない。
まだ父は通夜が終わるまでは病人であって、あの世に行ったわけでもないのに・・・。

お墓参りが終わり、休む間もなく実家へ。
お坊さんがお経をあげて下さることと、通夜、葬儀の打ち合わせのためだ。
夕方には父を葬儀場に運び、この日は妹と2人葬儀場で、父と最後の夜を過ごした。
母には明日からの通夜、葬儀に少しでも体力をつけてもらうために、実家で休んでもらった。
結局この日は実家とうちを5往復した。
運転もしなくて大丈夫な時間に父と大好きだったビールをお供えして3人で晩酌をした。
さすがに前の夜まったく寝てないので、2人とも11時には意識がなかった。
打ち合わせを済ませ、いったん自宅へ。

通夜菓子、ビールなどを買いながら通夜2時間前葬儀場入り。
たくさんの方にお参りしてもらい、通夜は滞りなく終了。
この辺りは田舎なので、近所づきあいがまだまだしっかりしている。
組の人にもいろいろお世話になった。
今夜は横浜の叔母ちゃんと母の弟夫婦が泊まってくれるというのでお任せして私たちは家で休んだ。

21日は葬儀。
土日に葬儀ができるように、父は何もかも選んで逝ったそんな気がしてならない。
会社勤めの人などはこういう行事が平日はいけないけど、土日なら参列できるっていうお付き合いの人もたくさんいる。
父もたくさんの人にお別れが言ってもらいたかったのかなー。
11時の葬儀のため、9時半に葬儀場入り。
今日も受け付けは組の人。
12時出棺。
斎場でお骨になるのを待ちながら会食
13時45分 骨上げ
この時が一番悲しかった・・・。

三日七日の法要のため、葬儀場で再び会食。(斎場でお昼を食べたばかりなので、ほとんどの人が食べずに持ち帰る)
時期がお彼岸と重なり、住職の都合で16時開始。
30分ほどでお経は終わり、午後17時ほぼすべての日程が終了。
解散となりました。

P1060100_20140926111509162.jpg

(記事は9月26日にあげますが、自分への記録のためです。)
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